デス・オーバチュア
第56話「氷夢(ひょうむ)の女王」





魔族の強さを簡単に分けると、高位(上位)、中位、低位(下位)の三段階に分けられる。
さらにそれぞれの段階の中で高級(上級)、中級、低級(下級)と細かく分けられることもあった。
つまり、九段階。
これは強さの目安であると共に、ヒラエルキー……階級でもあるのだが、強さが階級に直結している魔族において実はそれはあまり意味を持たない。
偉いと強いがまったく同じ意味なのだ。
階級が、身分が上だから逆らわないのではない、自分より強いから逆らいたくても逆らえないのである。
人間の生まれ持った身分による階級制度と違い、ある意味気持ちいいほど単純でスッキリしているのが魔族の階級だ。
強くなりさえすればいくらでも偉くなれる完全なる実力社会、それが魔界である。
とはいえ、最高位に居る魔族達の殆どは生まれた時から強い者達ばかりだったが……。


魔王。
真にその名を名乗ることができる者は常に四人しか存在しない。
とある魔族の集団の中のリーダー、王、一番強い者がそう名乗ることもあったが、それは偽りの魔王だ。
地上……幻想界(人間界)に侵攻してきた魔族達の集団の王、これが地上の人間がよく間違えて認識している偽りの魔王である。
基本的に、地上に来る、来られる魔族など低位の魔族だけ、よくて中の下までだ。
それに高位の魔族達は例え地上に来られたとしても、地上の支配や破壊になどには決して興味は示さない。
人間など眺め、あるいは弄んで楽しむ玩具だ。
それをわざわざ滅ぼして何になる? 楽しみが減り退屈になるだけだ。
地上を支配し、人間を家畜として管理する? そんなことのどこが面白い? 面倒臭いだけだ。
それが高位の魔族の共通した考え方である。
そう基本的に魔族とは、気紛れで、快楽(娯楽)優先で、面倒臭がりなのである。
魔の頂点、魔界の神、魔族の創造主である光皇などがまさにその代表、好例だった。


君臨すれども統治せず。
いや、完全なる生み捨てとでも言おうか。
魔界の双神は魔族を生み出した後、何もしなかった。
支配、統治、管理そういったことは何一つぜずに、魔族達の好きにさせたのである。
魔族達は勝手に殺し合いを続けた。
その結果なのか、いつのまにか暗黙のルールというか階級や社会のようなものが生まれ出す。
もっとも強かった四人の魔族、彼(彼女)らの力はほぼ互角だった。
彼らは、それぞれ魔界の四方を自らの領地として支配し始める。
以後、彼らは時折、互いの領土に干渉し小競り合いを繰り返しながらも、それぞれの領土を統治し続けていった。
これが四人の魔王、魔界四分割といった魔界の基本法則の始まりである……。



青き光輝が魔界の大地に降り立った。
「ふん……あんな所に飛ばされるぐらいなら、素直に大気圏外に飛ばされた方がまだマシだったな……」
青き光輝を体中から溢れだしている少年の周囲を無数の魔族達が取り巻いている。
「……時空が複雑にねじ曲がったあんな厄介な空間に飛ばされるよりはな……まったく、僕じゃなかったら、永遠に時と空間の狭間を彷徨うところだった……」
青き光輝の少年……オッドアイは魔族達の戦場のど真ん中に落ちたようだった。
いきなり現れたオッドアイを遠巻きにしていた魔族達だったが、オッドアイを敵と決定したのか、一席に襲いかかる。
「……僕の顔も知らんのか、屑共がっ! 青輝円舞(せいきえんぶ)!」
オッドアイを中心に青き光輝が円を描くように溢れだし拡がった。


数秒後、数万、数十万と無数に居たはずの魔族達が一匹残らず、跡形もなく消滅しており、オッドアイ唯一人だけが荒野に佇んでいた。
「ふん、境界線に群がるだけの屑の分際で僕に触れようなどと……」
青輝円舞。
己を中心に広範囲に光輝を拡げ、光輝に触れたものを跡形もなく全て消し去る攻防一体の円陣。
一点、あるいは一方向に光輝を集中して撃ちだす技に比べて威力は劣り、防御目的だけの結界より防御力は劣るが、一対多数……『雑魚』をまとめて倒すのにはもっとも適した技だ。
効果範囲は広い……というか無限に拡げることができる……もっとも、拡げれば拡げるだけ先端の威力は落ちていくのだが……。
「ふむ、光輝円舞(こうきえんぶ)に酷使していながら、強い聖性を持つか……面白い技を使うのう」
オッドアイしか存在しないはずの場所に、女の声が生まれた。
「撃ち漏らしがいたか……」
オッドアイは声の主を目で確認するよりも速く、右手の人差し指から青い光を声のした方向に撃ちだす。
それだけで全てが終わるはずだった。
しかし……。
「ふむ、天使の使う神聖光に限りなく近い……もっとも、威力はその比ではないが……魔に属する者にとっては最悪の光輝よのう」
声の主は平然と近づいてくる。
オッドアイは青い光輝を防がれて初めて、相手の姿を黙視した。
白い、どこまでも白い女。
彼女の髪も瞳も肌も淡雪のように白く清らかで微かな輝きを放ち、この世のものとは思えない程に美しかった。
「……青魔天威覇(せいまてんこうは)!」
オッドアイは右掌から青い光輝を放つ。
光輝は彼女に向かって一直線に突き進み、そして、彼女の直前で、彼女を取り巻く微かな輝きに拡散されたように霧散した。
「氷の霧だと?」
オッドアイは輝きの主体を見抜く。
空気中の水蒸気が細かい氷の結晶となって彼女を取り巻くように浮遊しているのだ。
「細氷(さいひょう)と呼ぶとよい、あるいはダイヤモンドダストとな」
「そんな氷の粒で僕の光輝を防いだというのか!?」
「聖も魔も例外なく、どんな巨大な光だろうと儂には届かぬぞ、少年よ」
女は楽しげに、そして妖艶に笑う。
「ふざけるなっ! 何者か知らないが、魔王である僕を嘲笑うなど万死に値する!」
オッドアイの全身から青い光輝が溢れ出した。
「……魔王?」
凄まじい勢いで光輝がオッドアイの全身から放出され、大嵐のように荒れ狂い、そしてオッドアイの突き出した左掌だけに収束されていく。
「青き閃光の彼方に消えよ! 青輝天舞(せいきてんぶ)!」
先程の青魔天威覇の数百倍から数千倍の青い光輝が女に向かって解き放たれた。
「戯け者っ! 容易く逆上するでないわっ! 夢幻氷霧(むげんひょうむ)!」
女が両手を突きだすと、細氷……ダイヤモンドダストが烈風のように激しく吐き出される。
「光に消えよっ!」
「全て凍てつくがよいっ!」
青き輝きと、白き輝きが正面から激突し、爆発した。



「きゃああっ!?」
「……なんだ? 雪? 雹?」
青き光と共に空から無数の氷の礫が降り注ぐ。
その光景はある意味幻想的ですらあった。
「……魔界の気象現象なのか?」
「そんなわけないでしょう! こんな僅かでも浴びただけで魔族を完全消滅させるような聖属の光と一緒に降る雪なんて、魔族の世界にあるわけがない!」
「浄化の光?」
「うう〜、光はともかく氷が冷たい〜、タナトス、暖め……」
「抱きつくなっ!」
『ネージュの夢幻氷霧ですね。それと互角な神聖光……天使の軍団でも魔界に降りてきたのですか?』
ドタバタと、端から見ればイチャついているようにも見えなくもないタナトスとリセットの会話に、第三者が口を挟む。
「んっ!?」
「しまった、追いつかれた!?」
「またお会いできましたね、奇妙なお二方」
二人の背後に、翠色の魔王セリュール・ルーツがはどこまでも穏やかで優しげな笑顔で立っていた。



「つっ……またか」
不愉快そうにオッドアイは呟く。
白い女の一撃と、自分の一撃はまったくの互角だった。
魔王である自分と互角の力を持つものが居る……それが不愉快で仕方ない。
それも今日……と言っていいのか時空を跨いでいるので微妙だが……二人目だ。
光皇を含めると三人……。
一日に三人もの相手に不覚を取る……日に三度も負けるなど冗談ではない。
「とは言え、そろそろ限界か……」
青魔程度の技や青輝乱舞だけならともかく、一撃で大量のエナジーを消費する青輝天舞を短期間に二発……さらに光皇の光輝天昇華に耐えるのに、飛ばされた場所から戻るのに大量のエナジーを消費し尽くしていた。
「青輝天舞を後二発……いや、一発が限界か……?」
有り余っている力、漏れ出す力を使う青輝乱舞と違い、全身の力を絞り出す、全ての力を一気に使い切る『つもり』で放つ青輝天舞はそう何度も撃てる技ではない。
『必殺技ってのは一撃必殺、外したらおしまいっていうリスクとかあった方が格好いいし、面白いだろう』
そう言っていたあの男には明確な必殺技などなかった。
いや、ただ普通に光輝を撃ちだす、ただ速く剣を振るう、そういった全ての行為がある意味必殺だったのかもしれない。
というか、あの男の力が尽きたことなど見たことがない。
「ふむ、やっていることはただ光輝を撃ちだすことに違いはないが、最初の青魔なんとやらと違い、今のは実に気合いの入った良い一撃じゃった」
「ちっ……」
女は無傷でその場に立っていた。
「届かなかったか……」
「そう卑下するものでもないぞ。流石に、儂が戦闘時常に身に纏っているだけの細氷では耐えきれぬと判断し、相殺するために技を放たねばならなかったからのう」
「くっ……その言い草が……態度がしゃくに障るっ!」
見下されている。
良く頑張りました、かなり自分に近づけましたね……と誉めている時点で、オッドアイを格下に見ていたことを証明していた。
「むう? 子供というのは短気でいかんのう……」
「子供扱いするなっ! 青魔天威殺(せいまてんこうさつ)!」
オッドアイは青い光輝を身に纏って突進する。
「ふむ、今度は接近戦か? 弱ったのう、儂はあまり接近戦は得意ではないのじゃが……」
「はああっ!」
オッドアイは光輝を右拳に集中させると殴りつけた。
「……とはいえ、遅いのう、そなた」
「なっ!?」
女は流麗な動きで、オッドアイの拳を受け流す。
「くっ!」
オッドアイは体勢を崩しながらも、後ろ回し蹴りを放った。
「未熟者!」
女が微かに体をひねる。
次の瞬間、オッドアイは宙に投げ飛ばされていた。
「ちぃ」
オッドアイは空中で回転し、なんとか足から着地する。
「そなた、半端じゃのう……」
女は呆れるというより、哀れむように言った。
「なんだとっ!?」
「己の戦闘スタイルすら確立させておらぬのか?」
地を滑るような動きで、女が一瞬でオッドアイとの間合いを詰める。
いや、いつのまにか、地面が凍っており、女は実際にその氷の上を滑っていたのだ。
「例えば、儂は接近戦、特に拳での格闘などは苦手じゃ!」
女は両手の掌をオッドアイの腹部に叩きつける。
「ぐっ……くっ!」
オッドアイは腹部に走った衝撃を堪え、女を左拳で殴りつけようとした。
しかし、拳は女に届くことはなく、オッドアイは再び舞う。
「があぁっ!」
地に叩きつけられたオッドアイの腹部は凍り付いていた。
「ゆえに、儂は接近戦では相手の力を受け流す、相手の力を利用して投げ飛ばす……などといった地味なことしかできぬ。確か、人間の間では柔術とか、合気とかいった体術じゃな」
「っ……」
オッドアイは腹部に青い光輝をはわせた右手を添える。
「やめておけ、下手に溶かそうとすると、己が体まで傷つけるぞ」
「何が地味だ……冷気など織り交ぜておいて……」
「それは仕方あるまい。人間ではあるまいし、転ばせたり、投げ飛ばしただけでは痛手を与えられぬからのう」
「ほざけ……我が元に集え、天の凶星よ! 青魔天威槍(せいまてんこうそう)!」
女の上空から三十六本の青き光輝の槍が降り注いだ。
「ほう……」
感心したような声を出しながら、女は槍と槍の隙間を縫うように動き、時折、かわしきれなかった槍を冷気をはわせた手で叩き落とす。
「悪くはない技じゃ」
「我が元に集え、地の凶星よ! 青魔地刹槍(せいまちさつそう)!」
天からの槍をかわし続ける女の足下から、七十二本の槍が飛び出した。
「それをかわしきる隙間はあるまいっ!」
オッドアイは串刺しにされた女の姿を想像する。
しかし、現実の光景は想像とは重ならなかった。
「なかなか優雅な技じゃな。百八つの禍つ星を象徴するとはのう」
女は地から生えた一本の槍の上に片足で立っている。
「くっ……」
よく見ると、百八つの光輝の槍が全て凍りついていた。
「儂に触れようとする者は、この肌に触れることなく全て凍りつく……この氷夢の女王の肌に触れるには、そなたはまだまだ子供よのう」
「おのれ……あの女といい、あいつといい……僕を愚弄するな!」
オッドアイの体中から青い光輝が立ち登る。
「また撃ち合うのか? やめておけ、先に力が尽きるのはそなたじゃ」
「……解っているさ。自分の力の残量すら忘れる程、僕は愚かじゃない!」
「そうかのう? 自らの戦闘スタイル、間合いすら確立させていない幼子にしか儂には見えぬが……」
「黙れ!」
オッドアイの前方の大地に青い光輝で魔法陣が描かれる。
「我が半身たる刃よ! 時を超え! 次元を超え! 我が右手に来たれ!」
魔法陣から青き光輝が勢いよく吹き出し、天を貫いた。
光が晴れると、魔法陣の上に一振りの『刀』が浮いている。
「その刀はまさか……そなた……いや、お主はまさか……」
オッドアイは右手で刀を掴むと同時に鞘から抜刀した。
刀身の周りに紫とも黒ともつかない光が渦巻く。
「貴様は勘違いしている……僕の尽きようとしているのは青輝……聖なる力だけだ。僕のもう半身、魔の力は貴様を凌駕するほどに有り余っているぞ!」
「やはり、それはあやつの愛用していた魔刀……それを持つということは……」
女の顔に初めて焦りが生まれた。
「肉片一つ残さず消え去れっ!」
オッドアイは迷わず刀を上段から振り下ろす。
「ぬっ、夢幻……」
女が言葉を紡ぐよりも速く、黒紫の剣風が女の左腕を斬り飛ばした。



「……なるほどのう、ようやくお主の正体の確信が持てた……」
白い女は地に落ちている己の左腕を右手で拾い上げる。
「うむ、見事に鋭利な切り口じゃ」
女は左肩の切断面に、切り落とされた左腕の切断面を繋げた。
「これが神聖の方の力なら、いかに鋭利な切り口だろうと駄目であったろうが……」
女は左腕の繋ぎ目から右手を離す。
「純粋な魔の力で断たれたのなら無問題じゃ」
左腕は地に落ちることもなくくっついたままだった。
「ふん、言っておくけど、今のは普通に刀を一振りしただけだ。この魔刀の力がこんなものだと思わない方がいい」
「解っておる。その刀のことならお主よりよく知っておるわ」
「なに?」
「さて、その刀相手では受け流すことなど不可能じゃし……儂も得物を抜かせてもらうとするかのう」
女の周りを再び大量の細氷が取り巻いていく。
「……見るがよい、この世でもっとも鋭利な刃を……」
細氷が女の左手に集まり、文字通り『氷の刃』を生み出した。
「夢幻氷月(むげんひょうげつ)」
どこまでも透明で薄く鋭い氷の三日月(クレセント)。
「氷のブーメラン(三日月の飛刃)だと……そんな玩具で……」
「ならばこの玩具の切れ味試してみよ! お主自身の体でな!」
女は地を滑り、一瞬でオッドアイとの間合いをゼロにした。
「くっ……」
オッドアイは考えるよりも早く、刀を振り下ろす。
「相変わらず遅いのう、お主は」
女がオッドアイの横を通り過ぎると同時に、オッドアイの体が斜め一文字に両断された。







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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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